『三つの言葉 』 1989年 猪熊弦一郎 画 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵  C)公益財団法人ミモカ美術振興財団

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 島根県奥出雲町にある、囲炉裏サロン「田樂荘(だらくそう)」。植物のつるでできたアーチをくぐると、そこに築300年の古民家があります。白山さんは千葉県から島根県へ「Iターン」してきました。都会で過ごしていく中で、本当に大切なものを考え、古来からの日本の生活を繋げていきたいと思い、奥出雲で農業を始めました。昔ながらの囲炉裏の火を囲みながら、お話を伺いました。

自然と共に生き、繋げていく



囲炉裏サロン「田樂荘」白山洋光 さん


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笑顔で迎えてくれた白山さんご夫妻


自然への憧れ

 父が生まれたのは高知県の標高600メートルの田舎で、林業主体の生活でした。しかし、父は家業を継がず、千葉へ出てきました。 蘇我というコンビナートがある地域です。そこで母と出会い私が生まれました。
 私は、子どもながらに千葉の生活には違和感を覚えていました。小~中学校時代は光化学スモッグで校庭に出られなかったり、ぜんそく喘息の子どもが多かったことが原因です。当然、自然に対しての憧れは強くなり、千葉の限られた山や森を歩いていました。そして、父の実家の高知へ帰るたびそこに自分のルーツと、ぬくもりを感じていました。千葉の工業地帯での経済的社会と、高知の厳しい自然の中での自給自足。幼少期にその二つの価値観を同時に知ることができました。

 高校を卒業した時はまさにバブル期で、経済優先の考えでした。卒業後は有名なテーマパークに就職し、その外食産業の中で、気づかされたことが多くありました。
 今から25年前、テーマパークのお客さまから「子どもがアレルギーで食べられるモノが少ない。一度でいいから、ここで食事させてほしい」という要望がありました。しかし、セントラルキッチンで大量生産したものを提供する、というシステムだったので、要望には応えられませんでした。現在はホームページなどでアレルギー物質のメニューを確認できたりしますが、当時、そのテーマパークでは、アレルギー体質の方に対応した食事は提供できませんでした。誰に聞いても「それは、仕方ない。気にするな」と言われる中で、私は「そうじゃないんじゃないか」と思っていました。


農業の負の連鎖

 ちょうどそのころ、世間では有機農業やスローフードが、世の中でも注目され始めていました。私は食材発注もしていましたので、有機農業の勉強を始めました。すると、外食産業がいかに農家を疲弊させているかが分かりました。
 ある時、農家に事業者からどのような要求などをされているかを聞くと「綺麗で長さが揃っていればいい。味はなくてもこちらが付けるから、早く大量に安く出しなさい」という野菜作りを強いられていました。それでも需要がありますので、安く買い叩かれながらも収入源にはなっています。しかし、問題なのは農家の後継ぎが、どんどん少なくなっていることです。子どもはみんな都会に憧れて出て行きます。そして、親も子どもの将来を考えて、苦労しても大学に行かせ、農家の後継ぎにはさせません。そうすると人手が足りなくなり、機械化を導入し、手入れが行き届かない所は農薬や肥料に頼っていきます。そういった負の連鎖が起きていました。
 次第に独立したいという気持ちが芽生え、体によく、安全で、作る人の顔が見える良いものを伝えたいと思いました。


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囲炉裏を囲んでの取材


奥出雲との出会い

 その頃「もののけ姫」という映画を見ました。「もののけ姫」のたたら場は、奥出雲地方をモデルにしているともいわれています。自然とたたらの文化。それは、人間が便利さや経済を追求するにつれて、自然の破壊を起こします。その中で、人が生きていくための自然との調和を描いています。私の探し求めていた世界がそこにありました。
 父の故郷の高知の山も荒れてきて、多くの人が山を下りていきました。しかし、自分の故郷がそうなっても誰も戻りません。閉村、閉山、限界集落でなくても、そうなってしまった。しかし、奥出雲の素晴らしさは、そういった状況の中でも人がものを作って生活しているところです。原風景という言葉の日本の景観があり、その自然の中で暮らしを営み、古来からの生活を守り続けられる場所です。

 ある時、銀座のすし屋で一貫千円の寿司を食べました。メネギと塩だけで食べる軍艦巻きです。とても美味しかった。米は仁多米で、いつかこの米を作りたいと思いました。仁多米で奥出雲への思いがまた強くなりました。
 自分の商売をして続けていくのであれば、信頼できる人、場所、住居を使って、その空間をお客さまに提供し、日本本来の空間を次の世代の子どもに見てもらいたい。そういったことで都会を離れ、奥出雲を選びました。ここの米と水に惚れこんでいます。


田舎ツーリズム

 予約が入れば民泊していただき農作業やここでの暮らしを体験していただいています。都会の民泊と異なり、島根県は13年前から特区となっていて、県内で決めた規約を満たした農家には民泊体験という、体験料をいただいてお客さまを受け入れ可能な制度があります。その制度は保健所の研修に参加して団体保険に加入する条件がありますが、保健所と旅館業の免許は必要ないのです。
 都会ではこういった古民家や、昔ながらの囲炉裏は消防法で無理な場合もあります。このままの暮らしを体験していただきたいと思い、東京に行き宣伝活動をしています。島根県は「田舎ツーリズム」と独特の名称をつけています。囲炉裏サロン「田樂荘」では内装を昔とほとんど変えずに宿泊、食事など昔の生活を体験していただきます。農業体験のみもできます。金額も宿泊体験で8千円台です。

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昔ながらの農作業の様子

 農作物は出荷していません。あくまでも民泊の食材として使っています。どうしても欲しいという方に買ってもらっていますが、流通コストを考えると利益は厳しいです。しかし、アレルギーがあり、うちの米しか食べられない人もいるので、そういった人とは年間契約をしています。その結果、だんだん気づいてくれる人が多くなってきました。
 私は人に見てもらう、知ってもらうための入り口を作りたかった。ツーリズムを含めた農業、文化的景観がある奥出雲町のPR、地域の守り方、どこまでできるか分りませんが、前を向いてやっています。

 
繋がる人と人

 40代の人は週末か休暇で来られて体験していただく人が多く、20代の人は子どもの将来を考えてこういった生活を意識している人が多いです。子どもはここへ来るとゲームはしませんし、もちろんテレビもありません。夜は囲炉裏のそばに来て、火を見ながらみんなで話をします。ある時は、米の選別を楽しそうにしています。天日干しの米はモミが少し残っているので「昔のお米はこうだったのだよ」と教えると、興味を持ってやってくれます。

 私たちは「祖父母の生きた生活や生き様」を見ることができた最後の世代だと思います。自然の中で暮らす、道具を作る、火をおこす、ご飯を炊くということを通じて、祖父母の暮らしを目の当たりにしてきました。ここの民泊では、その教えを次の時代へ、環境に負荷をかけずに繋げられる役になり、それらを体験してもらいたいと思っています。
 田舎に入ることは、よそ者にとって難しいという現実を見ていました。しかし、もしもの時に「おいでよ」と私は言いたい。誰かが最初にそうしなければと思い、自分がはじめました。後にそう考えている人が多くいるのが分かりました。その方たちは、ほとんど自然農業と有機栽培の大家です。佐藤忠吉さん(本誌240号でご紹介)もその一人です。
 農業の裏側、地域での習慣風習や厳しさ。色々ありますが、皆さんに教えてもらっています。民泊には若い人や、海外からも来てくださいます。その人たちの知識は多く、こちらが勉強しなくては、と思います。

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今では懐かしくなった風景


有事の拠点に

 3・11で生き残った人で「2ヵ月間救援物資が来なかった。山に上がって風呂を沸かし、ご飯を炊いて生きていけた」と言っている人がいました。有事の時、停電や断水があると都会ではこれができません。
 首都直下地震が起こることや、富士山が噴火することを想定して、みなさんはどのような備えをするでしょうか。有事の時にしか人は大切なものに気づきません。日本人は本来、人との繋がりを一番大事にしてきたものです。食糧があり、人が自然と一緒に暮らせる場所作りはとても大切だと強く思いました。
 今は夢が現実になりつつあります。民泊を通じて奥出雲に移住してくれる方が、年に3~4組あります。その中には仲間として農業を手伝ってくれる方もいます。私はこれからもIターンの支援をしたい。土地の文化や営みを、これからの世代に繋げていきます。

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奥出雲はヴィンテージの宝庫


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右)白山里香(白山洋光氏の奥様:松江市出身)
左)宇田川理奈(奥出雲にIターン結婚:神奈川県出身)

白山

 高校卒業後、松江を離れて都会へ行き、そこでしか得られない経験をすることができました。しかし、年月を重ねるにつれ、人口密度が極端に高く時間の流れが早い暮らしから離れ、生きる場所を選び直そうと思うようになりました。

宇田川
 私は、JR木次線に乗って初めて奥出雲に来た時の空気感がすごく良くて今でも忘れられません。ゆったりと時間が流れ、乗り換えまでの一時間、雨音すら心地よく感じました。実際に生活していく中でも、日々ささやかな感動がありました。奥出雲の山々にかかる朝霧、早朝の田んぼから立ち上る蒸気、初めて見た蛍の光、冬の樹々に降りた霜...。

白山
 その美しい大自然に囲まれ農作業をしていると、作物を育てる喜びを感じる一方、自分にできることはごくわずかで、決して一人では生きていけないという実感がわきました。
 Uターンする前は、都会とは比べものにならない親密な人付き合いに馴染めるか心配でしたが、近所の方々が出会う度に声を掛けてくださり、子どもたちが挨拶してくれる暮らしは心地良く、「人の目がある」ことは有難く、安心感に繋がるということに気づきました。

宇田川
 ここで暮らしていると、人との繋がりが濃い分、人に対する心の壁が自然と低くなり、初対面でも違和感なくすんなり親しくなれますよね。仕事の合間にみんなでお茶を飲む文化も自然に根付いていて、それが楽しみです。

白山
 お茶の時間は大事ですよね。色々話すうちに親しくなって、奥出雲暮らしのコツや、時には人生のアドバイスをいただいたりして。家族のような皆さんに囲まれ、風や雨、虫の音を聴きながら囲炉裏のある古民家に暮らす。こんな贅沢はないと、感謝の気持ちでいっぱいです。都会や海外から民泊で我が家に来た方々は、私たちのこのような暮らしに懐かしさや安らぎを感じるといわれます。

宇田川
 田舎暮らしを始める時、周囲には心配されましたが、田舎だからできない、ということは少ないし、困ることはありませんでした。むしろ、時間や心の余裕が持てるようになり、お金に換えられない良さと可能性を感じます。

白山
 昔から変わらない自然に包まれた環境、農のある暮らし、人の温かい繋がり、古民家...まさに、奥出雲は価値あるヴィンテージの宝庫ですね。


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囲炉裏サロン「 田樂荘」
〒699-1831 島根県仁多郡奥出雲町中村1458
TEL:090-4848-0284
(農作業で出られないことが多いので留守番メッセージを)
完全予約制/お盆・年末年始は休み
人数:5人まで 予約:1週間前まで
民泊体験料:大人1人8,800円(2食付き・食事は協同料理)
持参が必要なもの:洗面用具、パジャマ
食事内容:自家栽培農作物中心の囲炉裏料理
体験メニュー:農作業体験、奥出雲オーガニックコットン自然体験、囲炉裏料理体験など



インタビュー/久保 和夫、協力/宇田川和義