治さなくてよい認知症

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治さなくてよい認知症

東京医療学院大学教授 上田 論 さん

長寿は昔から「人間の誉」とされ私もある程度の目標をもっている。しかし、気になるのが認知症。誰しも避けて通れないこのテーマだが、上田論医師のお話に触れ、とても明るい光を感じた。
講演会に出席した同窓会の面々も「もっと聴きたい」「もっと皆とシェアしたい」と共鳴。お金では代えられない価値ある人生の哲学を感じた。ひょっとして百五十歳までいけるかも!
(インタビュー 編集委員 多根 伸彦)


心って何だろう

多根
新聞記者から医学の道へ進まれたとのことですが、なぜ医学の道に進まれたのですか。

上田
新聞社には9年間在籍して、33歳で医学部に入学しました。医学部は6年間ありますので学生だった時間は長いです。高校生時代から精神医学や心理学に興味がありまして、大学でその分野を学び、さらに興味が湧きました。大学を卒業してから医学部に行きたかったのですが、書くことも好きでしたので、就職したのが新聞社です。

医療関係のことを取材したかったのですが、好きなことは簡単にはさせてもらえません。警察や高校野球の取材などをしました。順調にいけば医療分野の担当になるところだったのですが、社内でゴタゴタがあり、たどり着いたのは行きたくなかった編集部門の整理部というところです。紙面レイアウトを決めたり、写真の位置を決めたりと大事なところなのですが、私はライターになりたかったので転進を決意。3年間仕事をしながら受験勉強をしました。高校時代あまり勉強しておらず、特に理系はもう一度勉強しなければなりませんでした。入試の倍率は30倍でしたが、なんとか入学できました。

多少の蓄えもありましたが、貧乏な学生生活で妻も働いてくれましたし、自分もアルバイトをしながら頑張りました。大学で6年間学び、それから医師の国家試験を受けました。

多根
さまざまなハードルを乗り越えても、やりたいという気持ちと、奥さまの応援があったのですね。精神医学の方向に進まれたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

上田
きっかけは単純なことで、人の「心」が不思議だったことです。思春期であれば誰も考えると思いますが「心って何だろう」と思いました。悲しくなったり、嬉しくなったり、人付き合いがうまく行くとか行かないなどが、とても不思議でした。だから心理学を勉強して「人間の心」というものを分かるようになりたい、分かったらもっとうまく人と付き合えるようになる、と考えていました。私はそういったことが苦手だったからこそ、突き詰めたいと思ったのでしょうね。


認知症ではない場合も

多根
認知症の現状はどのようなものなのでしょうか。

上田
介護業界の意識はこの10年~20年でだいぶ進歩してきました。昔はひどい介護施設もありましたが、今は本人に寄り添いながら親身な姿勢でやっていこうと、いうところが増えています。
遅れているのが医者と看護師です。医者は早期発見・早期治療という思想があり、どうしても医学モデルに引っ張られます。だから、高齢者が少しおかしなことを言うと、すぐ認知症だと、ボケたのではないかと決めてしまう傾向が強くあります。そして「認知症専門のところへ行きなさい」と私のような専門家のところに紹介されて来るのです。

そこで私たちがちゃんと診ると認知症ではない方が次々と出てきます。認知症だと言われて来た方が、話をしてテストをすると優秀な成績だったりします。脳の写真をとっても問題ないので「あなた認知症ではないですよ。もっと元気にやりましょう」と言うと、涙を流して喜ばれる方もいます。こういった風に、医者の診断に疑問を持つことがあります。

いろいろなことで認知症そっくりの状態になります。例えば、お酒を毎日たくさん飲んでいたら認知症みたいな状態になりますし、病気をしたり体の状態が悪ければ、元気が出なくて物忘れもします。
医者自身も認知症については悩んでいて、最近は薬を出して治すのではなく、皆で寄り添いながら介護をしていこうという考えも増えてきています。


とにかく本人と話す

多根
認知症になってもそのままでいい、周りも本人を認めてあげよう、という形の講演はどれくらいされているのですか?

上田
年に20回くらいですね。昔は一般の方や、介護職のケアマネージャーさんやヘルパーさんが多かったのですが、最近は医師の方、医師会から呼ばれることが増えてきました。

認知症サポート医という医者が全国にいます。彼らは、認知症の研修を受けた「専門家」で、地域包括支援センターとの連携役にもなる医師です。地域包括支援センターが認知症の相談に来られた方に、認知症サポート医を紹介したりします。だから精神科医でなくても、内科の先生でも外科の先生でも、研修を受けてなることができます。ところが、まだ今はサポート医が昔ながらの医学モデルの治療しかできない状況が多い。画像を撮影して写真を見ながら「認知症ですね、薬出しましょう」で終わり。それだと問題は解決しません。しかし、そういう医師たちもどうやって認知症の人を医療で診たらいいかと、みんな迷っているわけです。そういったサポート医の人たちに、お話に行くことは結構ありますね。

薬を出すだけのお医者さんばかりだと、介護職も困ります。介護の人たちはもっと本人に寄り添ったことを考えます。元気になって欲しい、自信をつけてほしいと思っているのです。

私が講演でお願いしているのは「とにかく本人と話をしてください」ということ。医者はなかなか本人と話をしないのです。もちろん認知症の検査の話はしますが、世間話や、困っていることはないですか、といったことは全然話さない。認知症の人は、人間としてちゃんと対等に認めてくれる経験がどんどん少なくなっている。誰にも相手にされなくなっていく訳ですから、医者に行って相手にされなかったら、本当に傷ついてしまう。そして認知症と言われたら、心情は本当にいたたまれなくなります。
だから、家族の話を聞く前に、本人としっかり話をして欲しい。本人に関心を向けて、私はあなたにとても関心がありますよと、あなたのことをちゃんと見ていますよ、という姿勢がとても大事です。本人と10分でも15分でも話をすることは本当に大切なことなのです。

良い先生は、必ず本人と話す時間を作ってくれます。本人の気持ちを聞かなかったら、正確な情報が分からないからです。家族からの話ばかり聞いても、家族から見た姿しか分からない訳ですから。本人はなかなか本音は言ってくれないけれど、なんとなく雰囲気は分かります。

多根
それは介護している方からしましたら、ストレスかもしれません。本人は全然現実と違うことを言ったりしますし、介護側も医者にはいろいろ伝えたくなります。

上田
もちろん介護している人の苦労話も聞きますが、本人の話がもっと大切なのです。私も最初のころは、本人そっちのけでご家族の話を一生懸命聴いていました。家族は言いたいことは山のようにある。こんなに世話が大変で、忘れてばっかりで...みたいなことを毎回聴く。すると40分50分あっという間に経ってしまいます。その間、本人はポツンとそっちのけになっているという状況です。話が終わり「じゃあ薬を出して抑えましょう」となっても、結局うまくいくことはないのです。そういった目線や姿勢でご家族が本人を見ていたら、ずっと同じ状態が続きます。

物忘ればかりして生活ができない人の面倒を見るのは大変です。何とかしてほしいと、医者に行くわけですから。そのような時に「そういうことは考えないで優しくしてあげましょう」と言っても「先生そんなこと言われてもできません。こんなに大変なんですから」と言われます。

その大変さはもちろん理解しなければならない。その上で、ご本人も家族にいろいろと言われたら傷ついている。何もできないと下に見るのではなく、尊敬するところや良いところを見つけてあげて、接してあげてほしい。物忘れは、ある程度仕方ないことなんだ、受け入れていくしかないのだと、説明します。
実践して優しくしたら「本人が穏やかになり上手く接することができた」という声も多くありました。ここで家族も気持ちを切り替えられるのです。認知症の本人も嬉しくなっていきます。


認知症薬の現状

多根
周りのお医者さんや製薬会社との関係はどうなのでしょうか。治さなくてもいいと言い切ってしまうと彼らも厳しい面もあるかもしれません。

上田
製薬会社も言っていますが薬で治るわけではない。認知症がそんなにひどくならないで済む、くらいのことです。
認知症にはアミロイド原因説というものがあって、アミロイドを撃退するっていうことが1つの目標になっていました。しかし、新薬開発は上手くいかず、多くの企業が撤退していきました。減らすことによって認知症が悪化しないと言われていますが、アミロイドは40代くらいから溜まっており、それを完全にゼロにすることはできない。だからなるべく増えないようにする。ただ、アミロイドが全ての原因ではないということが、今は分かっています。

認知症は、結局は年をとり、生きていくことと密接に関連しています。老化を止めることはできないわけです。老化していくことが、認知症の大きな原因ということは確かなのです。


難聴になったらすぐ補聴器を

多根
刺激が多い暮らしは認知症予防と何か関係がありそうですか。

上田
関係ある、関係ない、両方の研究があり、両論あります。生活習慣病にならないように、適度な運動をして食事も節制してお酒も控えて...という生活をすることは大事だとよく言いますよね。しかし、認知症はそういった節制した生活をしていても、なる人はなっていきます。だから、私は認気症になることを恐れすぎだと感じています。もちろん運動はしていいと思います。運動しても認知症の予防にはならないのですが、運動をすれば介護予防にはなりますよね。

最近、一番認知症に関係あると言われているのは、難聴です。聞こえにくくなると、コミュニケーションが取れなくなります。そして相手の言ったことが分からないから、適当に返事してしまう。意思疎通も悪くなってしまいます。難聴に関しては早めに補聴器をつけることが一番の対策です。補聴器が合わない方は結構いらして、聞こえないままに生活をされている方が結構いますしね。確実なこととして言われているのは、難聴を防ぐことです。

多根
補聴器をすると自分の声がきれいに聞こえるんです。どうしても、補聴器は隠されたがる方が多いですが、今は補聴器も目立たなくなってきています。


治らないと認めることから

多根
高齢化の中で認知症は身近な問題ですね。

上田
正直なところ自分が認知症になった時に、周りからアレコレ文句を言われたら嫌でしょう。いつか自分がそうなった時、周りに責め立てられたら、辛いですよね。そう思うと今の高齢者の人たちは身のすくむような思いをされているのだと思います。認知症を敵にして、何とかして治さないと、と本人より周囲の人が考えてしまいます。しかし、誰よりも傷ついているのは本人かもしれないのです。
まず基本は「認知症という病気は治らない障がいである」というのを認めることからです。「治りますよ、薬を早く飲めば治りますよ」と言っていれば患者さんも家族も希望を持ち、優しい言葉のように思えますが、それは事実ではない。将来いつか違ってくるかも知れませんが、残念ながら今の医学では、認知症は薬を飲んでも治らないのです。

治らない障がいと分かったら、世の中の人がみんなそう認識したら、もっと対応が変わってくると思います。治そうとしないし、もっと優しく接すると思います。気持ちを理解して、優しくできたり気遣ったりできる。その「情」を人はみな持っていると思います。

(インタビュー 多根 伸彦)


上田諭(うえださとし)
1957年4月京都府生まれ。関西学院大学社会学部卒業。
新聞社勤務後、1990年に退社し、北海道大学医学部入学。1996年に卒業後、東京医科歯科大学附属病院神経科精神科、東京都多摩老人医療センター(現・多摩北部医療センター)内科および精神科、東京武蔵野病院精神科、東京都老人医療センター(現・東京都健康長寿医療センター)精神科に勤務。2007年、米国デューク大学メディカルセンターで電気けいれん療法(ECT)の研修を修了。同年、日本医科大学精神神経科助教、2011年より講師。
「高齡者こころ外来」のほか、身体各科の入院病棟での精神症状に対する診療(リエゾン精神医学)を担当する。2017年より、東京医療学院大学保健医療学部リハビリテーション学科教授。また週1回、北辰病院でも高齢者専門外来を受け持つ。

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