人生60歳からが面白い

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人生60歳からが面白い

 
ベンチャー企業事業拡大請負人 森部好樹 さん

 今回登場いただいたのは有限会社ロッキングホース代表取締役の森部好樹さんです。東京大学から日本興業銀行と歩みながら、50歳を目前に家電量販店に出向。そこからのさまざまな逆境を、持ち前の明るさと超プラス思考でチャンスに転換し、65歳を前に創業。自称「ベンチャー企業事業拡大請負人」として多くの若い経営者から頼りにされ、スケジュールも3ヵ月先まで一杯の忙しさです。それでも完全週休3日を貫き、1日は奥さまのため、2日間は趣味のマラソンや農業と、人生を満喫されています。老いてなお一層輝きを増している森部さんに、楽しく老いるための秘訣をお聞きしました。

人生に無駄はない

 私は人生において無駄なものはないと思っています。実は12~13年前、興銀証券(現・みずほ証券)の役員でしたが、意見の食い違いも多く家電量販店の役員に出向になりました。みんなは「可哀想に」って思うでしょうけれど、それをチャンスだと思えってことなのです。私は全てポジティブに考えようと思いました。今までと同じような会社に行くと生き方は変わりません。一番変わらないのは子会社に行く人。先輩が社長で後輩が部長、自分は常務か専務になりますが、それでは駄目です。出向したのが49歳だったから良かったのです。ゴマをすってそのまま常務になったら55歳くらいまで元の会社にいる訳ですよ。そしたら使い物にならなくなる可能性が大きくなります。なぜなら、自分より下が全部やってくれるから、どんどん傲慢になってくるのです。車も付いちゃうし、体力も衰えて、知力も衰えてきます。まぁ、負け惜しみの部分もありますが。

 家電量販店で最初、私は社長に気に入られるため「下積みからやらせてください」と言いました。そうしたら、本店の店頭の呼び込みから、させられました。私の上司がなんと20代前半の長期アルバイトです。1週間ぐらいかと思っていましたら、結局2ヵ月半も呼び込みをやりました。その後、一気に何百人抜きの大昇格で店長代理に。この間まで「リストラおじさん」と呼ばれていたのにね。みんな驚いていましたよ。

 その後、子会社のコンタクトレンズの会社の社長になりました。私が社長になったら赤字だった会社が、1年で3億5千万円くらいの利益が出たのですよ。何の事はない、今までの社長は売上しか見てなかったのです。でも私は金融機関出身だから利益率を見る。そこで利益率の高い商品に「売ったらボーナスを上げるぞ」とインセンティブをつけたら突如利益が上がったのですよ。そうしたら、森部は凄いということで、次は新規事業をやってくれと言われました。

狭い店舗で快進撃

 そこでメガネ事業を始めることにして、無謀にも最初に東京駅に出店場所をお願いしに行きました。東京駅や横浜駅など、昔のJRの役員は銀行の天下りが多かったのです。店舗はさすがに30坪くらいないと厳しいなと思いましたが、その時に10坪程しか、いただけませんでした。それでも10坪の中で、なんとかメガネが置けるのですよ。なぜ置けるかというと、安いメガネ屋だったからです。例えば、宝石屋さんは広いけれど、アクセサリー屋さんは狭くていいじゃないですか。この戦略が当たって「最後尾」ってプラカードが出るくらい行列ができました。

 その後、本命に思っていた大スーパーに行きました。開口一番「つきつぼ月坪いくらで売っているの?」と聞かれました。私が「月坪って何ですか?」と聞きますと「1ヵ月の1坪あたりの売上だよ」と教えられて。そこで「実は、80万円になって困っているんですよ」と言うと相手が驚いて、明日にでもと、出店を勧められました。しかし、月坪が基準なら狭くしようと思い「12坪で結構です」と言いました。そうしたら月坪売上が、いきなり関東で上位になりました。
 最初にJRに行ったのが良かったのです。良い立地だけに、結果的に狭い店舗になり、最初は苦しいと思っていましたが、それが覆りました。それに、あまりお金がかからないので、どんどん出店できます。そうしたら伸び率からいったら急速に伸びている店だと、とても良い評価になり、マスコミ受けもするのです。

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森部さんのご著書

リーマンショックを契機にITへ

 銀行に戻ると、今度は子会社の広告会社の社長をやってくれと言われました。そして、その1年後にリーマンショックが起きてしまいました。当時は売上が30億円くらいで、そのうち20億円は銀行分の売上でしたが、なんとそれが1億円まで下がりました。困っている時、インターネットの広告が伸びていたのに気付き、社員に「インターネットやろうぜ」と誘いましたが、親方が日の丸の会社だから誰も動きません。しかし、逆にそれが良かったのです。社員がやらないのだったら、外と組めばいいやという発想の転換をしました。国際展示場に行き、IT関連のブースを全部廻って「お宅の会社の、他にない特色を10分で教えて」と尋ね、優秀な提携先を多く増やしていきました。案外簡単なのですよ。要はね、実行する人がいないだけなのです。何かやりたければ前に進めばいい。

 どうして上手くいったのか。それは年代です。ITの人は20~30歳代が多いじゃないですか。一方、大企業の社長は50~70歳の間が多い。そこに年齢のギャップがあり、どんなに両者が会おうと頑張っても難しいところがあります。そこで若い彼らを、私の人脈の大企業の経営者に引き合わして、サービスの中身をわかりやすく説明してもらいます。

業を興す若者のために創業

 そうこうしている内に私も60歳を超え、最後くらい自分の好きなことやりたいと考え始めました。元々が興業銀行の出身なので、業を興す手伝いをしたいなと考え、若い経営者をバックアップする仕事がいいのではないかと思いました。その時、たまたま若い経営者の3人くらいから「顧問になって欲しい」と言われていたこともあり、顧問業を始めました。やり方は前と同じように若い人を大企業の経営者に紹介してあげること。そのビジネスモデルが当たり、今では4年で90社以上が私の顧問先になっています。

 会社を作る際、自分の理想を実現したいと思いました。本音を言うと60歳を過ぎると、あまり働きたくないのです。だから、完全週休3日制で行こうと考えました。同じ人生なのだから、若い人も本業以外に仕事や趣味を持ったほうがいい。アルバイトでもいいし、自分の趣味を徹底的にやっていい。だって、もったいないじゃないですか。自分の人生、色々なことをやらなければ。

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ロッキングホースは、週休3日制
今年のゴールデンウィークは、趣味のマラソンで鍛えた健脚で阿蘇山、久住山、祖母山の3山を制覇


ピンチはイノベーションを生むチャンス

 そうは言っても顧問先がどんどん増えるので、なるべく短い時間で、商売したい。そこからイノベーションが起きるのです。最初は、経営者のところへ紹介する企業を1社ずつ連れて行っていました。ところが、顧問先が増えてくると時間がタイトになっていく。それだったら面倒だから2社一緒に連れて行く。これは悪くないと思い3社にする。今では4社になっています。昨日考えましたが、面倒だからさらに5社にしようかとも。けれども、5社だと流石に相手も驚くので、普通は3時からのところを、少し前に行き、2時55分から1社入れるんです。5分で済むようなところを。これの良いところは、5分繰り上げの理由を聞かれたときに、自分たちのやり方の特色を喋れることです。

 できるだけ、苦しいことを苦しいと思わない。ノビノビとすべてやります。すると展開が徐々に開けていきます。ピンチが一番重要なイノベーションのチャンスではないのでしょうか。

ドラえもんのようでありたい

 明るくなることはとても良いですね。楽しいから笑うのではなく、笑っただけで楽しくなるのです。それが不可能を可能にしたりします。「ドラえもんのようでありたい」と言ったら、やっぱり実行しなければならないから(と言いながら、おもむろにドラえもんの帽子をかぶる)。これで雰囲気が盛り上がらないはずはないです。これはね、超大企業のガチガチに偉い人や大学の教授のところでやるのです。僕はドラえもんのようでありたいと思います。企業の色々なニーズに、何でもポケットからどんどん出していける。野比のび太は支離滅裂なことを言うのですよ。それでもタケコプターやどこでもドアを出していきたい。そういった思いを持っているからこそ、日本一の顧問といわれています。

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若手経営者の会

異質と組むと面白い

 今はネットワークの時代だから、組んでやるのが一番です。組むにはできるだけ異質な奴と組んだ方がよい。それは男と女のようなものです。無から有が生まれる...子どもが生まれるということ。年代を離す、理科系と文科系が組むとかね。一番始末が悪いのは同世代だけで組むことです。ほとんど仲違いが起こり、そして広がりがありません。人と組むことによって、自分の違った殻がはじけるといいますか、次の展開ができます。それに、なんと言っても面白いし、自身も若くいることができます。高齢者は高齢者とばかり付き合わないで、若い人と付き合った方が良いのです。

 ご年配のみなさんに言いたいのは「分からないことは素直に聞きなさい」ということ。例えば「LP」という言葉。昔のレコードかなと思うけど、実は「ランディングページ」っていう専門用語で、若いIT関係者は平気で使います。分からなくて当然だけれども、その時にね、ちゃんと一生懸命聞けばいい。そうするとちゃんと教えてくれます。そこからコミュニケーションが始まるのではないかと思います。

切り口を変えるとハッピーになれる


 自分の人生、60歳を過ぎたら自由に描けるのです。こんなに嬉しいことはありません。どんどん歳は取ったほうがいいとも感じます。例えば、日本フルマラソンランキングというものがあるのですが、歳を取ると競争相手が脱落します。65歳の時にフルマラソンランキングの日本で87位だったとするじゃないですか。73歳になったらベスト10に入れるかもしれません。そうしたら早く73歳が来ないかなって言っている人がいます。物事ってそういうことです。切り口を変えるとハッピーになれる。何でもできてしまうのですよ。


■森部さんの顧問先からひとこと■

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株式会社エボラブルアジア 代表取締役社長 吉村英毅 さん

 最初の出会いは、森部さんの顧問先の社長からの紹介がきっかけでした。
 森部さんは、単純に人を繋いでいくということだけではなく、それぞれのニーズに合わせてマッチングを可能にします。紹介先の素晴らしさを教えていただき、どのように付き合うべきかも指導してくださるところが、とてもありがたいです。社外取締役としては、過去のご経験からの知見や豊富な経験から、ズバズバとご意見を発言され、実質的な社外取締役としての働きをしていただいています。

 森部さんは、どんな方にも横からも上からも話ができます。本当に顧問先が良くなるようにと、一生懸命考えてくださいます。ロッキングホースは、スタッフが増えて組織化されても、いろいろなシステムを使って週休3日を実現している、ユニークな会社だと思います。

 ※株式会社エボラブルアジアは、国内航空券に強みを持つオンライン旅行事業会社だが、クライアント毎にベトナムのエンジニアをチームで提供し、作業指示や進捗管理をクライアントが行う「ラボ型開発」というユニークなビジネスで急成長している。2016年3月31日、東証マザーズに上場。同年12月定時株主総会で森部氏を社外取締役に招聘。2017年3月31日、東証一部に上場。



(インタビュー 多根幹雄)