豊かな日本の知的財産を世界に

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Dr. 新阜秀朗 (にいおかひでろう)さん

 今回ご紹介するのはIPNexus(アイピー・ネクサス)の創業者でありCEOの新阜秀朗さんです。ご両親は日本人ですが、幼年期からドイツで育ち、ドイツを代表する学術研究所であるマックス・プランク研究所で法学の博士号を取得。その後、スタンフォード大学を経て、ドイツとアメリカで弁護士の資格を取得し、ドイツ銀行とゴールドマンサックスでは、投資銀行業務のプロとしてご活躍。ビジネス、金融、法務のマルチタレントであり、ドイツ語、英語、日本語、スペイン語を駆使するマルチリンガルであり、アメリカ、ヨーロッパ、日本と国境を越えてご活躍中のスーパー日本人です。

 彼が恵まれた金融界での立場を捨て飛び込んだのが、日本の知的資産をグローバルに事業化して活用する事業。既にいくつかの事業を世界規模で展開中です。そのような彼のインタビューに、日本再生のヒントを探っていきたいと思います。


圧倒的な日本の知的財産

 私はドイツに27年間住んでいましたが、色々と学ぶことが多くありました。日本人は1年に2116時間働いており、休暇を取っても3日~5日くらいです。それに比べてドイツは1586時間ですが、生産性も高く、クオリティライフも断然高いですね。私はドイツ人のすごく効率的に働くところと、日本人の頑張るという、それぞれの良いところを活かせればと思っています。

 戦後日本では、松下電器やソニーなど世界に誇る製品を売り出していました。しかし、残念なことに現在の日本は、ハードウエアでは中国や韓国に価格競争で全然勝てないですし、ソフトウエアもベースの言語が英語なので勝てません。つまり、ハードウエアでも勝てないし、ソフトウエアでも勝てない。それでは何で勝てるかというと、日本の知的財産だと思っています。日本はGDPの3.4%を研究開発に投入しており、アメリカやドイツに比べても高いのです。ただ残念なことにそれを知的財産化しても、マーケットに出ていないのが現状です。97%以上の特許が休眠したままで商業化されていません。
 2011年から2015年の間に、日本は9万4100件もの国際出願をしました。1つの国際出願をするには大体3千万円の特許費用がかかるにも関わらずです。韓国は3万4200件、東南アジアは4万2100件です。シリコンバレーでも3万4300件なんですよ。イギリスだとたったの6500件です。

 日本はもっとこの知的財産を事業化して、世界的に展開することが必要です。発明も消費者に使ってもらえて、初めて価値があるわけですから。そこでIPNexusという会社を立ち上げました。イギリスに競合会社がありまして、現在の時価総額で2200億円になっています。オックスフォード、ケンブリッジ、シェフィールド、ウォーリック大学などの連携にフォーカスしていて、イギリス全体でも6500件の国際出願した特許しかないのに、そこまでいっているのです。我々としては日本の特許の方が15倍もあるのだから、絶対に勝てると思っています。個人的なお金のことだけ考えれば、アメリカでもヨーロッパでも、そのまま金融の世界に留まったほうが良かったでしょうが、私はこれをやりたくて日本に戻って来ました。


日本製の安全で安価な診断薬を

 今、面白いと思っているものに医療系放射性同位体を使った診断薬があります。皆さんもPETやSPECT検査という名前をお聞きになったことがあると思いますが、この検査に使用される放射性の診断薬です。これは原子炉から作られていますが、認知症、アルツハイマーや癌、心臓発作、骨折などのより詳しい検査に活用されています。例えばアメリカでは放射性同位体を使った診断薬は1日に5万4600回使われており、日本ではその3分の1や、4分の1が必要ですが、国内でそれを扱える企業が2つしかなく、しかも原料は海外からの輸入に頼っています。

 そこで筑波大学にある、現在ILC関連で話題になっている加速器のエキスパートのKEK(大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構)という研究機関に研究と技術を依頼している会社や東北大学と協力して、原子炉ではなく加速器を使って放射性同位体を作るというプロジェクトに投資しています。より安全なものを、より安く、しかも日本で作って皆さんに提供したいと思っています。


耳鳴り治療のベンチャーが世界第2位に

 それから、三城さんにもご紹介した耳鳴り治療のIoT化(※身の回りのあらゆるモノがインターネットにつながること)した医療機器があります。これはパルス式の電磁場の方法を使って耳鳴りの解消に特化した医療品で、それを京都大学とオーディオメーカーさんと組んで作っています。非常に低い電磁場を使って、脳と耳の後ろの骨にパルス式の電磁場を当て、難聴や耳鳴りを治すという仕組みです。パルス式の電磁場を使う方法は、もともとNASAが宇宙飛行士のために血流、炎症、骨折、うつ病などの治療に使っていましたが、そのやり方を我々が今回耳鳴りと難聴に活用したという訳です。

 日本には耳鳴りを患っている人が700万人います。アメリカでも5千万人、ヨーロッパだと2900万人、中国だと1億4千万人もいます。我々の機器を使えば60.9%の確率で改善や完治が期待できます。患者の皆さんからできるだけ早く作ってくださいと言われており、期待は大きいです。この耳鳴り治療の企業は、昨年一番可能性のあるスタートアップ企業として日本で優勝、さらにベルリンのファイナルでは29ヵ国の優勝企業が集まりましたが、そこで2位になりました。また、これは認知症にも使いたいと考えています。なぜかというと、鬱病にも使われていた技術なので、脳にも応用できると思うからです。

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耳鳴り治療機器Cleanhering sono.
ヨーロッパでは6ヵ月という驚異的速さで医療機器の認可を取得した。



骨粗しょう症を98.8%発見

 さらに我々が力を入れているのが骨粗しょう症です。日本で約1千万人の方が骨粗しょう症で、75%が女性の患者さんです。福岡みらい病院と組んで、1万2千枚の脆弱性骨折のレントゲン写真を機械学習させ、それを人工知能にディープラーニングさせました。専門医でも、脆弱性骨折のレントゲン写真を見て、どこにどれだけの大きさの骨折が何個あるかは、なかなか判断できません。しかも、骨粗しょう症関連の骨折です。一つ見落としても大きな事故につながりますから。

 そこで診断ツールとして助けられるようなモノを作りたいと思いました。そして現在では98.8%の正確さで骨折を発見し、どういった大きさで何個ありますということを、整形外科やレントゲン技師にお伝えすることができるようになりました。


世界展開を目指せ日本人

 日本も最近は若い優秀な人が大企業に就職したり、官僚になるのではなく、企業を起業して経営者になる人が増えてきたことは良いことだと思います。しかし、一つ残念に思っていることが、日本から出てくる起業家たちの中で、海外でもビジネスをやろうとする人たちが少ないことです。それは言葉の問題...特に英語ですね。プラス、ビジネス能力やセンスだと思います。

 大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学が、毎年世界中の大学生によるビジネスプランのプレゼンテーション大会「APUグローバルビジネスケースチャレンジ」をしており、私も学長から依頼されて2年連続でその審査員をしました。あるテーマを出されて、それをビジネスケースとして分析して、問題解決方法を提供するといった内容です。その大会には世界各国の色々な大学から学生が来ており、素晴らしいソリューションを発表しています。私が雇っていた投資銀行の人や、ビジネス戦略コンサルタントより、素晴らしいプランを出してくる学生たちがいます。すべて英語でプレゼンテーションをします。

 ただ、日本という場所にも関わらず、日本のチームがなかなか出てこないのです。ご当地の立命館大学から出てきたとしても、チームリーダーはインドネシア人やインド人です。本当に残念だと思います。私はそこを変えたいと考えています。なぜ、日本人は外国語に弱いのでしょうか。その理由はもしかしたら、カタカナにあるかもしれないと思っています。

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「APUグローバルビジネスケースチャレンジ」
2019年は世界中の12の大学から48名の大学生が別府に集結。集合写真2列目の中央が新阜さん。


カタカナ英語の弊害

 例えば「スパゲッティ」と言っても「パスタ」と言っても全部アイウエオの母音で終わりますが、「スイス」は英語では誰も「スイス」とは発音しない。アメリカでは誰でもわかるようにSwitzerlandと発音します。カタカナ式にしてしまうと日本語化してしまい、そこからずっとカタカナの発音になってしまう。たまにNHKの英語の番組を見ていて、とんでもない英語で話しているな、と思う時があります。「This is a pen」も「ディス、イズ、ア、ペン」と発音してしまう。そこをどういった風にしたら、変えられるのだろうかと思っています。

 私の妻はイギリス人なのですが、彼女は英語を日本人に教えていて、以前はアメリカンエキスプレスのコミュニケーションオフィサーをやっていました。会社の代表者が社外で話すときのコミュニケーションをコンプライアンス的にチェックする立場でした。そのような彼女が現場で毎回聞いていて、日本人の英語の話し方はカタカナ寄りになってしまうというのです。


これからは日本+世界で

 しかし、日本はものすごく変わってきています。私がアメリカから戻ってきた時に「髭は駄目」と言われ、会社の中でセーターを肩に掛けていたら「ここはカリフォルニアじゃない。ゴルフをしているわけではないから、ちゃんとセーターを着るか、横に置きなさい」と言われました。名刺に私の博士号を載せるな、ドクタータイトルを取れ、とも言われました。しかし最近は髭を生やしても、名刺にDrをつけても全く問題ありません。

 また、日本という国は非常に面白くて、新しいキャリアのチャンスを与えてくれる国なのです。例えば国連大学の会計士であった人が突然リーマン・ブラザーズに来て、ヘッジファンドのトレーダーになったりする。アメリカだったらそれは考えられないことです。しかし、日本ではそういったことができるのです。日本という国は、たとえ弁護士であっても、投資銀行の銀行員に変わることができる。そういったオープンな面があります。いろいろなオプションを広げてくれる。

 ただもっと、海外に展開するには言語のハードルをクリアすることですね。そこをどういった風にしたらよいのか。今のところ我々は国際的なチームなので日本の技術をもっと掘り起こして、世界展開をどんどん実行していきたいと思います。日本+世界といった感じで頑張っています。

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Cleanheringはドイツ・ベルリンで毎年開催される科学を基礎とした優れた
スタートアップ企業の日本における予選会で優勝。本大会でも準優勝を獲得。