神秘のインド旅

245tikyu01.jpg ガンジス川のほとり

神秘のインド旅


アジア文明の源流に迫る 多根 伸彦


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 昨秋シルクロードの旅で初顔の塚越正章氏が、今度は1月にインドの旅(お釈迦様の聖地探訪) を提案され、同行を決めた。一人では不安なので仕事仲間の田村雅則氏を誘うと二つ返事でOK。実はその動機付けの一つには、多根幹雄編集長の「一生に一度はインド旅行はするべきです」の助言があった。一度インド旅行したら「やみつきになる人」と「二度と行くまい」の二種類のタイプに分かれる、というアドバイスも私の好奇心を駆り立てた。

旅のコースは
 成田→デリー(泊)→ブータン(2泊)→カトマンズ(ネパール2泊)→
 デリー→パトナ(泊)→ワラナシ(泊)→デリー(泊)→成田(機中泊) の10日間。

日本と真逆の世界

  「インド時間」というのがあると聞いた。約束の時間は目安であり、早めになることはまずない。空港の手続きも信じられない程遅く、少なくとも3時間半前の到着をめざさないと厳しいという。時間に優しいというべきか。
 日本は人口減少の中なのに、インドは13億4000万人とまだまだ増え続け、中国の14億人を数年で超え、20億人超えは時間の問題という。日本では問題点ばかりを追求しビジョンは後回しだが、インドは「将来こうなれば良いな」の未来志向の反面「現状はあるがままを先ず受け入れる」と考える。つまり「行動が伴っていない」ということにもなるが「ビジョンなくして成功なし」と世界中で成功者を輩出しているのもうなずける。


ヒンドゥー教と仏教

 「インドの宗教人口は?」の問に「ヒンドゥー教が85%、イスラム教が15%」との答え。「(お釈迦様を産んだ)仏教は何%ですか?」と聴き直すとキョトンとした表情。よくよく確かめるとヒンドゥー教(兄貴分)は8000年の歴史があり、インド人は2600年前にお釈迦様の仏教(弟子)はヒンドゥー教の一部としてとらえている。私はこの歴史の図柄を初めて知って驚愕。仏教はヒンドゥー教をベースとしたいわば解りやすい外国普及版だったのだ。仏教は、スリランカ、インドシナ諸国へ伝播(小乗仏教)。一方、ネパール、チベット、ブータン、中国、日本へは弟子分として広がった(大乗仏教)。


農業大国インド

 インドの農地面積は1億7990万ヘクタール(世界第2位)、農業人口が国民の52%(GDPの16%)を占め各地のバス車窓からは行けども行けども広大な農地が展開していた。幹線道路のほぼ40~50Kmごとに村があり、ちょうど村祭りが各所で繰り広げられ、昔ながらの賑やかな風景だった。


全てを包み込むガンジス川

 インドの悠久の歴史はこのガンジス川の流れが人々の精神を語る。ガンジス川の水は、全てを浄化すると信じられているため、人々は祈りながら水を浴び、口をすすぎ、体を洗い流す。その横で、服を洗濯しゴミを捨て、死体までも川に流される。全てが昔から変わらず、ありのままの姿でそこにあり、綺麗なものも汚いものも、全てを包み込む。
 ガンジス川は、人間の生と死を肌で感じることのできる場所。ここばかりは訪れてみないと理解できない深淵の地だった。

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釈迦が亡くなった後、弟子達がこれからどうするか日夜相談した洞窟(元 金塊を預かっていた所)


交通事情

 インドでは車の数は膨大なのに交通信号機がほぼ皆無なのにまたビックリ。主要な交差点はロータリーで混乱は回避されていた。また高速道路で、逆走のトラックを三度も目撃したが、運転手の表情から日常茶飯事の光景だと知った。センターラインは常にはみ出すというのが常識。都市部の三車線も5列縦隊走行がザラ。日本でワーストとされる大阪や名古屋の運転が紳士的とさえ感じた。


ネパールとインド

 100の民族からなるネパールはヒンドゥー教の聖地であり、仏陀の生誕地でもある。やはり豊穣な土地から、今から250年ほど前まではインドの一部だったのがチベットへの侵攻、清朝からの反撃、イギリス植民地政策などの確執からネパールとして独立。北海道の1・8倍で人口2500万人の国。世界の最高峰ヒマラヤ山脈の入り口としたカトマンズは登山者の玄関口。インド人はビザなしでOKなので、今もインドからのヒンドゥー教参拝者たちはバスツアーで引きも切らない。


カースト制

 たった10日間ツアーで真相を推し量れるわけはないが、8000年の伝統を大切にしてきた大きな柱は何だったのか。やはりカースト制による毅然とした秩序が支配し、現代では足かせになっているといわれる。一方で、欧米諸国の近代化を横目で吟味し続けている。「そうやすやすとこの歴史、哲学、信仰心を手渡せるものか」という気概を直感した。


ブータンという国

 この旅行の最初に訪れた国ブータンはほぼ九州の大きさで、人口70万人という山岳の国だった。2006年(12年前)に前の国王が51歳になった時、新しい国王(当時26歳)に代わり、ワンチュク王家5代目を担い民主化を進めている。
 日本でいえば江戸時代の末期を想定するような素朴な生活。なんの資源もなく他国からねらわれるものがない。日本と共通項を感じた。「近代化=豊かさ」は幸福感と違うのだと衝撃を受けた。若い人たちの目が綺麗に輝いていた。チベット仏教(ラマ教)の影響を受け、時を刻んできた。まったく別枠の世界で、なぜか再度来たくなる国だった。

 インド旅行からの帰国後、体調不良で2週間寝たきりだった。カルチャーショックを受け、今も「日本とはなんだったのだろうか?」と考えた。やみつきか二度と行くまいかも解らないまま神秘の日々を送っている。

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タージ・マハルと筆者