シルクロードの旅

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シルクロードの旅

迎合主義と好奇心に生きる 多根 伸彦



 昨年の夏、同窓生の小林孝氏から「中国のシルクロードの旅行しない?」と声をかけられ、身体が動ける間に行くことにした。9月13日~20日の寒くならない時期。成田→上海→蘭州(らんしゅう)→烏魯木斉(うるむち)→トルファン→敦煌(とんこう)→西安(しーあん)と、西から東への逆コースだった。旅行会社からのリーフレットを成田エクスプレスの車中でコソコソと目を通す。タクラマカン砂漠、天山山脈、崑崙山脈と中学校で教わった懐かしい地名に触れるだけで、ほとんど予習もなしに現地へ向かった。
 成田に着くと我々18人の旅行客はなんと三分の二の12名が女性。73歳にもなる我々年配者二人がずっと喧嘩もせず同室で旅をする風変わりな旅だった。

新疆(しんきょう)ウイグル自治区

 シルクロードのコースは何本もあった。自治区の首府である烏魯木斉(うるむち)という街に夜中の2時に到着。北京から2800Kmも離れていても北京時間だけで統制。中央政府には便利かもしれないが、どうみても3時間の時差はある。天山山脈からの雪解け水がオアシスをつくり、自然は生き物の生存を許した。烏魯木斉(うるむち)と書く。ウイグル語と漢文が同居し、幾多の争いを経て自治区という名の妥協エリアが中国の西の端にできた。

吐魯番と書いてトルファンと読む

 完全なウイグル語だ。バスで3時間かけ烏魯木斉(うるむち)→トルファンへ。西遊記に登場する100Km続く火えん山が火を噴くように我々を迎えた。西安→トルファン→インドの4000Kmを一人で旅し、仏教の経典を求めた玄奘三蔵法師。
彼はその旅を16年間、命をかけて西安(長安)に持ち帰りサンスクリット語を漢文翻訳。今から2600年前にお釈迦様の弟子が編纂した経典を、実に1250年後に長安へ伝えた。またその直前にちょうど鳩摩羅什(くまらじゅう)というウィグル人高祖も経典を長安へ伝えていたというのは歴史の奇妙な偶然だ。
 日本へは遣隋使、遣唐使により奈良平安時代に伝来した。それから更に1350年を経て現在に至る。私は気の遠くなる時間の長さをタクラマカン砂漠の火えん山を背景にした高昌故城で感じた。

 現地案内の中国人(石原裕次郎そっくりのナイスガイ)が耳を疑うような流暢な日本語で説明。中国にはずっと前から道教と儒教が基盤となっていたが仏教が伝来し、そしてその後、砂漠地方に合ったイスラム教も伝えられた。中国文化は過去から何度も異文化を取り込み、その都度、新しく形成された。

おびただしい敦煌(とんこう)の仏教遺跡

 中国が最も栄えた歴代の皇帝がこんなに仏教文化を熱心に伝道・保護していたとは驚きだった。どうしてそうだったのか?従来の道教、儒教だけでは人々の安寧を実現できなかった。中国大陸の異民族同士の覇権争いが繰り返され、仏教文化に救いを求めたようだ。だが仏教を背景にした長安1000年の繁栄も後半の500年には平和と安定実現に失敗し混乱と争いを繰り返す。その後列国の植民地支配が明や清時代の没落を早め更に混沌とした時代を迎えてしまった。

 博学な小林氏が思わず口ずさんだ。

「渭城の朝雨 軽塵を潤し、客車清清 柳色新たなり。君に奨む一杯の酒、西の方陽関を出ずれば 故人なからん」

 唐の詩人、王華が西方へ旅立つ友を長安【今の西安】で見送ったときの七言絶句を。

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敦煌の735もある莫高窟の第96番目の窟

新幹線、高速道路は現代シルクロード

「すべての道は中国に通ず」。中国はローマ帝国時代よりもっと前から道路が建設されたといわれている。いまは日本の何十倍もの新幹線・高速道路の延長距離を誇る。日本より、そしてアメリカよりも建設スピードが猛烈に早い。なぜか?土地買収に時間は不要だからだ。こうと決まればアパートをつくり住民はそこへ立ち退きを強制され、あっという間に新幹線、道路は完成する。旅行中は常にパスポートの提示を求められ、新幹線に乗るのに3回もパスポートを提示した。しかしよく観察すると彼らは我々をそんなに疑っていなかった。担当官を通じて党の規律と牽制を徹底するための作業だと感じた。

西安城壁は侵略と略奪の歴史

 旅の最後に西安へ降り立った。「日本で言えば古い都、京都です」と同窓生は説明。1000年も続いた西安にまず驚いたのは周囲をぐるりと取り囲む城壁だった。それは縦4Kmで横3Km、総延長14Kmの城壁で、その高さは12m。底辺のは18m、上辺の幅は15mもある。こんな巨大なものは現代土木感覚のコストパフォーマンスの観点からとても造れないと驚愕。また中国の歴史は「侵略、略奪、反逆の何ものでもない」と一瞬にして実感。しかも実際に建造した期間はたった8年間と伝えられている。

日本はおとぎの国

 ひるがえって帰国して感じた日本。美しい四季と豊富な水、山海の幸に恵まれ、昔から貧しいがゆえに助け合ってきた。礼儀正しく我慢強く、繊細な配慮で人を思い、信義を重んじ清潔さを好み、治安は安定。もちろん侵入者を防ぐ城壁もない。まるでおとぎの国を感じる。この違いは何なのか。
 もし自分が中国大陸で育っていたら社会秩序を気にする余裕もなかった気がする。他民族から「けしからん!」と言われるには当たらない。日本はほどよく大陸から距離があり、島内で秩序を乱すとたちまち村八分にされ、生きてこられなかった(逃げられない)。日本はシルクロードの極東にできた平和な「黄金の国」だった。

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1200頭の内の1頭に乗った筆者、しかも45分間