返還20年 ― 香港の今と未来を見つめて ―

香港返還20年

 香港は1997年7月1日、99年間の英国統治を終え中国に返還されました。この時、英国と中国との間で約束されたのが「一国二制度」。返還後50年間香港は高度な自治権が与えられ資本主義や言論の自由が認められたのです。
 しかし返還から20年が経った今、デモや出版に対する締め付けが強まり、それに反発する若い世代と中国政府との間で様々な軋轢を生んでいます。返還20周年を記念して就任後初めて香港を訪問した習近平国家主席は「一国二制度」を認めながらも「一国」の重要さを強調し、さらに「国家の主権や安全を脅かすことも、中央の権力や香港の基本法の権威に対する挑戦も、絶対に許さない」と、若者たちの間で高まる香港独立の機運を強く牽制したのです。


現在進行中の危機

 なぜ香港の若者たちは「香港独立」を叫ぶようになったのでしょう。そこには中国政府の香港同化政策への反発があります。2014年の「雨傘運動」以降、中国政府は香港の自由の締め付けを強めています。それ以前にも2012年公立学校への愛国教育の導入を図ったり、2015年には中国政府に都合の悪い本を販売していた書店主を中国の工作員が拉致するなど、強権的な行動に多くの若者が将来の不安と警戒感を強めています。


香港は誰のものか

 新・香港人という言葉をご存知でしょうか。香港で生まれ育った香港人に対して、返還後に中国本土から移住してきた人や、その子どもたちを指す言葉です。その数は、この20年間で140万人となり、香港人口の5分の1近くを占めるまでになりました。新・香港人が使う言葉は香港人が使う広東語ではなく、本土で広く話される中国語。政治的な考え方も中国政府寄りです。
 新・香港人が存在感を増していく中、本土から投資目的で巨額のマネーが流れ込み、特に教育・医療・住宅価格は高騰し続け、香港人の生活を圧迫するようになってきました。こうした現状に失望し香港を離れ海外へ移住する香港人も増えています。"香港人"が感じる危機感は、相当なものとなっています。


第2の返還2047年

 中国政府の目的はただ1つ。香港を「中国の政治が行き届く、いち都市」にし、完全に中国へ組み込むことです。「一国二制度」の期限を迎えるのは2047年で、そこが大きな節目となります。第2の返還と呼ばれる2047年をスムーズに履行していくためには、その時、中核を担う現在10代の若者が中国に対する愛国者であることが成功の要であると考えているようです。中国政府は「愛国者」型にはまるよう、香港の若者に国家と法律を教育し、若い時から国について正しい考えを育てるとし、現香港行政長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)氏は、「自分は中国人」という意識の養成を保育園レベルから進めると発言しています。


「自分は香港人」

 香港大学が公表した調査によると、18~29歳の若者120人のうち自分が「中国人」だと認めた割合はわずか3・1%、1997年の返還当時割合が31%だったことを考えると大きく減少しています。
 香港人と自認する若者たちに、中国政府は非常に警戒しています。中国政府が若者に愛国心を強要すればするほど愛国心が下がっていくという皮肉な結果となっているのです。そして、未来に対する不安と共に、「何かしなくては」「何ができるのか」という意識がさざ波のように広がっています。


香港の自由は?未来は?

 私が香港へ来て、去年でちょうど25年になりました。人生の約半分を香港で過ごしたことになります。まさに第2の故郷...いや、故郷の宇和島よりも長く住んでいるから第1になるのでしょうか?初めて訪れた時に感じた香港の湿った空気の感覚。それでいて人々の異様な熱気と力強さを今でも鮮明に想い出します。
 いつの時代も香港は常に走り続けてきたように思います。97年の返還、2003年のサーズ騒動。問題が起きても、前へ、前へとがむしゃらに進んで行った、決して立ち止まらない街、香港。これから10年後、20年後、香港がどのように変わっていようとも、香港人が本来持っているパワーやエネルギー、持ち前の明るさはなくならないと信じています。
 大丈夫。香港人が香港にいる限り香港は「無問題(モウマンタイ)」です。


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パリミキ 香港店 松影 公晴