霧が普通の霧でなかったこと

携帯電話で汚染確認

 上海郊外のマンションの一角、朝起きて寝室のカーテンを開けると、隣接する建物が庭越しに見える。100mと離れていない先のマンションが白く霞んで見えるときは、大気汚染指数が100を超えている。スマートフォンのアプリで汚染指数を確認する。100前後なら「軽度汚染」の範囲内だが、表記は日本語に変換され、「軽く汚染」と表示されている。ああ、今日は、かる~く汚染されているのか...とはなかなか思えない。
 因みに韓国のソウルも同じくPM2・5に悩まされている。汚染が厳しい日の天気予報は、翻訳表示をされると「ほこり」となる。なかなか斬新な表現である。ソウルの日本人小学校では、「明日の遠足、晴れるといいなあ」「いや明日は、ほこりだよ」と、いう会話が親子でなされているのか...。
 韓国政府は、焼き鯖が大気汚染の原因になっていると、福井の人が聞いたら目が点になるようなことを発表して、国民から「おいおい、大丈夫か?」と大いに突っ込まれた。

 北京に十数年滞在されたUさんは「昔から空気はこんなんやったけど、誰もPMとか言わなかった」と、鋭い指摘をされていた。それは間違いなくそうだ。私もずっと、上海は海沿いの街なので特に霧が濃いのだと思っていた。いつからPM2・5のことを世間の人たちが知るようになったのか。それは汚染がひどくなったからではなく、PM2・5という汚染物質が霧の正体だと教えてくれる人がいたからである。
 2010年以降、アメリカ領事館が独自に大気汚染を数値化して発表し、それがスマートフォンを通して日々の状況を伝えるからである。

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汚染指数を示すスマートフォンの画面



汚染対策が生む矛盾

 私が特に大気汚染にこだわるのは、ジョギングを趣味としているからだ。汚染の日はなるべく走らないようにしている。走れなくて中性脂肪やコレステロールの数値が上がっていくのが良いのか、走って呼吸器その他諸々の病のリスクを取るか。大気汚染指数とコレステロール数値を比較検討する究極の選択だ。
 ただ、中国政府も手を打っており、年ごとに上海の大気汚染は明らかに改善されてきている。知り合いの工場の社長は、管理当局に上海から南のせっこう浙江省に工場移転を命じられ、やむなく廃業した。例えるなら東京23区にマンションを購入し、自宅近くの工場に通い、子どもを優秀な学校に進学させて順風満帆な日々を送っていたら、急に山奥の村に行け、と国に命令されたようなものだ。ペンキや接着剤を使う工場は上海では操業できなくなった。
 ペンキと大気汚染が、私の中では結びつかないが、それでも私がジョギングできる日が増えたのは、誰かの犠牲があったからと分かる。暖房に大気汚染の原因となる石炭を使うなと言われた農民たちは、政府のすすめるバイオ燃料は高くて買えない。冬をどう越せばいいのかと訴える。喘息の子どもを抱えた工場近隣の住民は、薬を買うためにその工場で働く。煙を出す工場は苦しくなる経営の中で環境対策を求められる。


本当の解決のために

 個と社会、経済発展と公害、生活と生命、もつれた矛盾の糸は絡み合い、なかなかほぐしていくことができない。一つ一つを丁寧に観察し、少しずつほどいていくことでしか解決しえない。「汚染」という逃げ場のない問題に立ち向かうための知識、意識、根気、技術、資金、持てる資源全てを集中して「人」を救うという強い意志が必要だ。そこに「自己責任」という最も無責任な言葉が入り込む余地はない。まして口先できれいごとを並べても何も解決しない。
 このことは決して隣国の問題ではない。日本でも一部の人たちが、なかったことにしたいあの問題と同じである。解決のためには、まず人々がずっと関心を持ち続け、明日は我が身だという想像力を働かすことだ。想像力を欠いた人々がもたらす厄災は、人情味の欠片もない殺伐とした社会と現実の恐怖。そこでは心の霧すら晴らすことはできない。大切なものは眼には見えない。


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パリミキ中国法人 支配人 棚田 真文