金持ち村といわれている華西村

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パリミキ 中国  鄭明(チェンミン)

 中国で、誰もが知っている金持ち村があります。他の村と、全く違った取り組みで発展し続けている異色の村を紹介します。
 華西村は「天下第一村」と言われ、蘇州、上海など周辺都市から車で約一時間の距離にあります。40年を経て、華西村は大きく豊かになりました。90年代初期にも、全国でいち早く「乗用車村」「カラーテレビ村」「パソコン村」などになり、今は全国一の栄誉が40個もあります。華西村の村人は400~600㎡の一戸建てに住み、1600万円から1億6千万円の資産を所有し、家には1~3台の乗用車があります。

共に豊かになるために
 まず、呉仁宝と華西の村人周りの十六の小村を統合して華西村になり、面積は従来の0.96 k㎡から30k㎡に拡大し、人口は従来の2000人ぐらいから5万人ほどに増加しました。これで最も重要な量の土地を村が入手できました。華西村は独自の経営管理策を執ります。彼らは蓄積と配分を処理する上に次ような原則を守り続けます。配分を少なめ、蓄積を多め、現金を少なめ、持株を多めです。
 すべての村所属企業の従業員は、毎月一人は30%の給料を受け取り、残りの70%は企業の流動資金に充て、年末に一度に支給します。普段、ボーナスは給料の三倍、ただ従業員に払わず、持株資金として企業へ支払い、翌年から配当します。請け負う企業の利益目標を超えた分について、2割は自治体に収め、8割は企業内で配分します。その分配の仕分けは、10%は工場長に、30%は管理職に、30%は従業員に、30%は企業の蓄積に充てます。また工場長の取り分は持株に変えて、リスク引き当て金として企業が保管します。

国の鉄鋼政策に恵まれる
 1961年当時、華西村は借金が1.5万元ありました。しかし華西村の書記の呉仁宝が密かに金具製作工場を興し、20人の小さな工場が、3年後24万元の売上を築き上げました。華西村は社会資源の大量入手に便宜を与えられました。村の企業には無担保で、総資産の60%まで銀行から融資を得られました。村の企業が発展維持できたポイントです。工業化が進む中、華西村は国の政策に恵まれました。たとえば鉄鋼工業、価格二本化で、鉄鋼材料の売買で大儲け、村の総収入の6割を占めました。国が規制するたばこ産業にも華西村の企業が参入しています。村は一銭も投資せず「華西村」の名を使わせ、年間約2000万元の利益を貰いました。最近は「華西村に学べ」という国のスローガンで中国各地から見学客が絶えず、旅行業が村の経済の一大柱になりました。

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華西村の風景

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華西村の門の様子